まぶしい白さで輝く砂浜で揺れるココヤシが人々を手招いています。毎年、世界中から多くの人々が、ハワイの楽園を訪れます。観光客は、ロミサーモンと新鮮なポイとともに、地面に掘った釜から出来立ての蒸し豚に興奮した面持ちで舌鼓を打ちます。ウクレレとギターがかき鳴らされ、ドラムのリズムが最高潮になるにつれフラダンスダンサーのお尻と手がそれに合わせて激しく揺れ動きます。夕日が沈み、雲の色は目に染み入るように消えてゆく。これが、忘れえぬハワイのルアウ・ディナーショーです。

 ワイキキの海岸では、初めて波に立つことのできた初々しいサーファーの興奮した笑い声が、かつての王族達の往時を偲ばせるかのように、ビーチに響き渡ります。滝つぼでは幾人かのハイカーが水浴びに興じ、鯨ウオッチングツアーでは、その迫力ある大自然のショーに人々は低い感嘆のため息をもらします。また、結婚式を挙げたばかりの新郎新婦への祝福の拍手がどこからともなく聞こえてきます。結婚のmarriedにかけてMauiedなどという駄洒落もあります。いずれにせよ、あなたはこれらの美しいパラダイスの島々で何かしらの冒険を体験することができるでしょう。

 何百万人もの観光客は、表向きにはハワイを探検し、知りたいと来ているようですが、その実は野生的な夢をかなえるためだけに来ているようにも見えます。中には、ハワイの友人や家族と一緒に過ごし「ゆったりとする」(hang loose)ために年々戻ってくる人達もいます。そしていつもハワイの島を訪れ、これらの島になじみがあり、住んでみたいと思ったり、またもう住んでいる人もいるかもしれません。

  しかしハワイには、大部分の人々が何も本当のハワイをみていないという事実があります。ここに来る多くの人々や数世代住んでいる人々でさえハワイの表面だけを知っているということです。彼らは本当のハワイでない、商業的で観光客用のハワイの中で生活しています。

  本当のハワイは、それを永続し保護する義務を負った長老たちとその伝統を子々孫々受け継ぐ家系のハワイ人達によって、神聖に守りつづけられています。これらの人々、カナカ=マオリ(Kanaka Maoli)は、真実のハワイという宝箱の錠を開ける鍵そのものなのです。カナカとは人を意味します。そして、マオリとは純粋や明白といった意味です。二つの単語が合わさって、それは「純粋な神の人」を意味します。それは、宇宙の一部であって、宇宙の力を使う術を知る人なのです。

  ハワイの島々は、何世紀も昔に祖先たちによって発見されました。ハワイ人は古代レムリア人だったという人もいます。しかし、はっきりと知られてはいませんが、我々の祖先が来る前にずっと昔この島々に暮らしていた人々のことを知っておかなくてはなりません。これらの人々は、昔マナフネ(Manahune)と呼ばれていました。現在ではメネフネ(Menehune)と呼ばれる小人のことです。これらの古代の小人たちは3つのグループに分類され、それぞれ、ム族、マ族、ワ族と呼ばれていました。彼らの身長は、小さな子供くらいであっても体型は大人のようでした。彼らは古代の神秘的な種族で、一晩で全てを成し遂げるという驚くべき妙技を行っていました。
 そして伝説と民話の中では、一晩で作られた養魚池(loko i'a)と寺院(heiau)について語られています。他の言い伝えには、彼らには相当な精神的、霊的な能力があったとあります。それらには、星間旅行、空中浮遊、物質に対する支配力と宇宙の要素をコントロールする能力などがありました。今日、これらの驚くべき人々に関する証拠はまだ存在し、我々の古代の過去を思い出させてくれています。

  次の疑問は、ハワイ人は実際どこからきたのか?です。大部分の人々は、今日の考古学者、地質学者と科学者によって支持される現代の学説を信じています。現在の理論は簡単に言えばこうです。
 「古代ポリネシア人は小型船を作り、アジアの海岸線に沿って航海した。海流に従って移住しつつ、トンガの島にたどり着いた。そこから、サモア、タヒチへと渡り、なんとかハワイまで到達した。そして彼らは、ニュージーランドからイースター島といった太平洋の至る所へと移住を行い、我々はこの地域をポリネシアと呼んでいる。」
 ポリネシアのポリという言葉はギリシャ語で、「たくさん」とか「数多くの」といった意味です。ポリネシアは、似通った文化、言語と習慣を持つポリネシア人の多くの島々から成り立っています。これが現代の学者が定義している、ハワイの人々の起源についてです。

  今から紹介することは、我々、カナカ=マオリ=ハワイの間では代々受け継がれ知られているけれども、科学界において真剣に受け入れられてはいないもう一つの理論です。それは、タロイモとハワイ人の起源から始まる創造物語であり、その話はこうです。

   昔々、天の父であるワケアがヒナと結婚して、彼女に子供が宿りました。しかし、出産は困難を極め、ついに死産となりました。ワケアとヒナは深い悲しみに打ちひしがれ、その亡くなった赤ちゃんに「永遠の息吹」という意味のハロアという名前を付けました。彼らは、自分たちの住まいの近くに彼らの最愛の赤ちゃんを埋葬しました。ハロアの命は与えられすぐに取り去られたのでした。けれども、悲しみははあまり長く続きませんでした、なぜならば、ヒナは再び身ごもったのです。今度は、元気な男の子が生まれました。男の子は亡くなったお兄さんと同じハロアと名づけられました。ワケアとヒナは、幸せのあまり涙し、赤ちゃんを亡くなったお兄さんの墓へ連れて行きました。すると驚いたことにお墓のある場所に何か植物が生えているではありませんか。
それは素晴らしい姿形をした植物で、葉も茎も芋の部分もすべて食べることができました。それが、ハワイの人々の長生き(長い息)の源であるタロイモの始まりでした。ハワイの人達は、兄ハロアの生まれ変わりのタロイモを蒸して糊状にすりつぶしたポイをお兄さんが自分の体を食べさせてくれているように感じて感謝の気持ちをもって食べます。ハロアはハワイの農耕の始祖となりました。このようにして、ハワイ人はタロイモ栽培をするようになりました。

  我々、カナカ=マオリ=ハワイは自然を自分たちの年長者とみなし、農耕によってその年長者を世話する事となり、そのお返しとしてすばらしい健康と長寿を受け取ることができると考えています。

  民族植物学者は、タロイモやハワイに根付いた他の農作物は、メソポタミア文明までその起源をさかのぼるとしています。この主題からは、他にハワイ人の起源に関する謎を解き明かすいくつかの興味深い事実があります。

  多くのハワイ人は、自分たちは元々は滅亡したイスラエルの12種族のうちの1つであったと思っています。近代になり、19世紀前半の学者たちは、これらハワイ人の伝承を記録しました。ハワイ人の慣習は、古代エジプト人のそれと似通っており、権力を持った王のミイラ化、割礼、そして王墓の建立等が行われていました。これらのミステリーがすでに発見されてきており、真実を望む人々に今後明らかにされていくことでしょう。